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長禅寺 【市指定有形文化財】
本尊である愛染明王像は、木造寄木造りで戦国時代の京仏師・小河浄慶の作と伝えられており、市の有形文化財(彫刻)に指定されています。怒りの表情をしていますが、内心は慈悲深く縁結びの仏様です。像の胎内からは墨書が発見され、永禄8(1565)年、安房の正木時忠が侵攻してきたことにより長禅寺が焼失し、さらに翌年冷害にもみまわれ、多数の餓死者が出たことが記されています。
本堂欄間彫刻は、享和元(1801)年に長禅寺が再建されたとき、足川村の網主・八代岩井市右衛門孔豊が寄進した彫刻です。「雲龍」三面は香取郡古内村(現在の香取市)の彫工師鈴木市右衛門※鶴鳴による龍が飛天する彫刻で、左右に「獅子・牡丹」が彫られています。右側面の「錦鶏・孔雀・孔雀」、左側面の「鶏・鴛鴦・鷹」の六面は江戸で活躍した嶋村俊正による、実際の板以上の厚みに見える浮き彫りです。 (※鶴…正しくは雨かんむりに䳡です。)
不動明王立像は、桧材一木割矧造りで、平安時代末から鎌倉時代初期に造立したものと推定され、宝徳4(1452)年に金剛仏師延恵が定恵と相談して修復した銘が残されています。長禅寺は永禄8(1565)年に全焼しているので、同寺末寺から移された可能性があります。
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