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あさひ探訪 飯岡助五郎と天保水滸伝

更新日:2020年11月10日更新 ページ番号:0002332 印刷ページ表示

あさひ探訪

飯岡助五郎と天保水滸伝

飯岡の漁業振興につくした遊侠の親分、飯岡助五郎。
市内には助五郎の墓をはじめ、天保水滸伝に登場する人物たちの遺跡が残っています。

飯岡助五郎

古くから漁業で繁栄した旭市。飯岡助五郎は、江戸時代、海難事故により途絶えかけた漁師の人材の確保をはじめ、海岸侵食を防ぐための堤防工事など、旭市の漁業振興に力を注いだ人物でした。
また、網元として成功するかたわら、「十手持ち」として近隣の治安にあたるほか、江戸相撲を興行するなど、地域振興に活躍した人物でもあります。光台寺には助五郎の墓があります。

【天保水滸伝】
浪曲や講談でおなじみの「天保水滸伝」では、笹川(現在の東庄町)一帯を中心に勢力を拡大する笹川繁蔵一派との勢力争いが「大利根の決闘」として語られています。
この決闘で一度は笹川方に大敗した飯岡方ですが、のちに繁蔵を討ち果たします。その時討ち取られた繁蔵の首は飯岡助五郎によって、定慶寺の境内に丁重に葬られたといわれています。

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飯岡助五郎の画像5飯岡助五郎の画像6飯岡助五郎の画像7飯岡助五郎の画像8
飯岡助五郎の画像9

助五郎の墓と繁蔵の首塚

飯岡助五郎の墓(光台寺)
助五郎の墓は、菩提寺である光台寺に残されています。(入口に案内図あり)
 法名:発信院釈断流居士(ほっしんいんしゃくだんりゅうこじ)
 本名:石渡助五郎 屋号:三浦屋

笹川繁蔵の首塚(定慶寺)
光台寺から半町(1町は約109メートル)ほど離れた定慶寺に、笹川繁蔵の首塚があります。
光台寺~定慶寺付近は道が細いのでご注意ください。

周辺施設

玉さき神社 ※玉?(この漢字のままでは文字化けする場合があります)
定慶寺から海側へ少し歩くと、日本武命(やまとたけるのみこと)ゆかりの古社、玉さき神社があり、本殿・拝殿・古瀬戸、狛犬は千葉県有形文化財に指定されています。
境内には、「玉さき神社の石塁」「天の石笛(あめのいわぶえ)」や、歌人文人の石碑、飯岡助五郎が力比べや雇用の際に使用したといわれる「力石(六十貫)」などもあります。

清滝佐吉伝承碑
天保水滸伝にも登場する清滝村の佐吉は、笹川方に属していたことから、助五郎によって捕えられました。
かつてこの地にあったとされる佐吉の墓石は所在不明となり、現在はここに伝承碑・供養塔が建立され、歴史を伝えています。

スタッフの取材メモ

玉さき神社の石塁(石垣)は飯岡石(凝灰質砂岩)を使い、17世紀中期に築造されたものとされています。
この石は「飯岡の寄石(よりいし)」とも呼ばれ、明神様の御利益によりもたらされたと言われています。

基本データ

光台寺
名称 光台寺(こうだいじ)
所在地 旭市飯岡1524
連絡先 光台寺
電話:0479-57-3348
交通 [車]
銚子連絡道「横芝光IC」から国道126号経由約24km(45分)
東関東道「大栄IC」から東総有料道路経由約34km(55分)
備考 助五郎の墓
定慶寺
名称 定慶寺(じょうけいじ)
所在地 旭市飯岡2110
連絡先 定慶寺
電話:0479-57-2708
交通 [車]
銚子連絡道「横芝光IC」から国道126号経由約24km(45分)
東関東道「大栄IC」から東総有料道路経由約34km(55分)
備考 笹川繁蔵の首塚
玉さき神社
名称 玉さき神社(たまさきじんじゃ)
所在地 旭市飯岡2126
連絡先 電話:0479-57-2278
交通 [車]
銚子連絡道「横芝光IC」から国道126号経由約24km(45分)
東関東道「大栄IC」から東総有料道路経由約34km(55分)
備考 助五郎の石碑、力石
清滝佐吉伝承碑
名称 清滝佐吉伝承碑(きよたきさきちでんしょうひ)
所在地 旭市清滝10
連絡先 旭市商工観光課
電話:0479-62-5338
交通 [車]
銚子連絡道「横芝光IC」から国道126号経由約20km(40分)
備考 清滝佐吉伝承碑

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